林の上に降る雪は

まだしめやかになってない

夢日記(Mさん vs 僕)

いつの間にか公園で眠っていた僕のそばを、高校時代にクラスで3番目くらいにかわいかった子が通りがかって驚いた僕は、「なんでここにAさんが!?」と尋ねたら、「え? 同窓会に来たんだけど…林くんもそうじゃないの?」と言われた。Aさんの他にも、同窓会に行く途中でその公園を通りがかった連中(僕と仲のよかったIくんを含む)と出会った。Iくんは大学では何年か留年したけど、今はNTTで働いていて、そろそろ結婚をと考えている彼女がいるらしい。
正直僕はこんなにも落ちぶれてしまっていて、皆に会わせる顔がないと思ってたけど、もう既にこうして何人かと顔を会わせてしまってるんだし、それに、懐かしさを味わいたいという期待感も高まってきたので、僕は同窓会に行くことにした。
同窓会に来たつもりが、いつの間にか、僕は卓球場に連れて来られていた。なにやら同窓会のレクリエーションとして、卓球をするらしい。景品も出るらしい。卓球部の部長だった僕がいるのに卓球大会をするなんて!? しめしめここは己のプライドにかけて絶対優勝したるわ!! と僕は意気込んだ。

初戦の相手は、目がクリっとしてて、小柄にしてはやや大きめの耳が愛らしい、Mさんだった。楽勝のはずだった。が、試合が始まった途端、雲行きが怪しくなった。Mさん、想像以上にめっちゃ上手い。サーブに異常に回転がかかっていて取りづらいし、僕も久しぶりすぎて球がやたらネットにかかってしまう。僕は戸惑った。ビビった。11点先取のゲームで、2対5。負けている。このままではまずい。冷や汗が噴き出した。でも、負けられない。絶対に負けられない戦いがここにはある。いくらブランクがあるとはいえ、同窓会の余興であるといえ、卓球という競技で、素人のMさん(でも素人の強さじゃないのはなんでなのか)に負けることは許されない。勝つ。僕は勝つ。勝たなければ。ウォー……ってところで目が覚めたので試合の結末は知らんけど結構楽しい夢だった。でもこうして書き起こしてみると何が面白かったのかよくわからない。でもせっかく書いたので一応残しておく

思想史つづき ~おまえはもう信仰している~

近代のすべての世界観の根底に、いわゆる自然法則は自然現象の説明であるという幻想が横たわっている。こうして、古代の人々が神と運命の前でそうしたように、人々は自然法則を何か侵すべからざるものとして、その地点で立ち止まる。そしてむろん、両者とも正しく、また、両者ともまちがっている。しかし、現代の体系ではあたかもすべてが説明済であるかのように思われているのに対し、古代の人々はそこにはっきりとした限界を認めていた。その分、古代の人々の方がより明晰であった。(ウィトゲンシュタイン論理哲学論考』§6.371,§6.372)

僕は長い間、宗教を信じる人達のことを心の底から軽蔑しながら生きてきたような気がする。
ニーチェが「神は死んだ」と言ってからずいぶん時は流れ、科学技術は進歩し、聖書の矛盾は暴露され、心霊現象のトリックも解明され、ムハンマドはただの側頭葉てんかん患者と判明してるらしいのに、なぜ宗教を信じる人がいまだに存在しているのか、全く理解できなかった。

特に中学生の頃の無神論者気取りが一番ひどかったような気がする。くそ寒いなか初詣に行く意味がわからなかったし、くそ暑い盆に墓参りする意味がわからなかったし、わざわざ人骨を丁重に埋める意味もその人骨に手を合わせて目を瞑る意味もわからなかった(実は今も半分わからない)。ただ太陽を地球がちょうど一周しただけのことで誕生日とか記念日とかを祝う意味もよくわからなかった。でも僕はとにかく家族の和を乱したくなくて、オカルトな行事にも嫌々付き合っていた。

でも、高校生になると、僕はやや態度を軟化させた。死後の世界が存在しないとしても、宗教的な行事は生きている人間にとって大切なものではないか、みたいなことを考えるようになった。
墓石や人骨に対して無意味に手を合わせて目をつぶっているときも、中学生の頃は、「なんてバカバカしいオカルト行事なんだ!」と思っていたのが、高校生の頃は「まぁ神や霊魂が存在しないのは知ってるけど、それはともかく、今後の抱負を自分自身に対して誓うための有意義な儀式としてポジティブに捉えよう!」と考えるようになった。

僕は昔から、死にたくないという気持ちだけは強くて、いつか必ず死ぬにしても、できる限り死を遅らせるために健康で文化的なそこそこの生活を送る必要があると考えていたので、まともな人生のレールから脱線しないための最低限の努力はしてきたつもりだった。
ただ、僕を突き動かしてきた動機は、死にたくないとか、仲間はずれになりたくないとか、親の期待を裏切りたくないとか、脱線したくないとか、いわば後ろ向きのモチベーションばかりで、たとえば「医者になるために勉強する」みたいな前向きなモチベーションは皆無で、自分が大人になるというイメージを全く持てないまま適当に進路を選んできたんだけど、その弊害が露骨に現れ始めたのが大学の頃で、主体的に勉強したいという気持ちが全くなかったし、大学を出た後に自分がどうなるのか、何のイメージもなくて、でも日々の課題はこなさなきゃいけないし、人とまともに話せないし、人とまともに話せないのに高校の友達になんとなく連れられて入ったサークルで無意味に苦しんだりして、常に途方に暮れていた。
その頃は哲学的なことを考える余裕もほとんどなかったけど、唯一、「哲学的な何か、あと科学とか」というサイトを見つけて一人で興奮しながら読んでいたことがあった。量子力学の二重スリット実験とか、不完全性定理とか、自己同一性の問題とか、意識やクオリアの問題とかが本当に面白おかしく説明されてて、目をハート型にしながら読んでた記憶がある。特に二重スリット実験が本当に面白いと思って、自分でも量子論の本を一冊買って読んだくらいだった。これだけは純粋に主体的な動機による行動だったような気もする。

苦しみは増大する一方だったけど、表面的に見れば、僕の人生は順調にいっているように見えたかもしれない。就職先も例のごとく適当に決めたけど、一応、自分で選択した道にある程度は納得しているつもりだった。でも、就職すると苦しみは更に増した。中学一年生のときの担任の先生に「きみには人として大事な何かが足りない」と言われたことを思い出した。46日目にして橘屋の仕事を投げ出した大愚良寛のごとく、今すぐ仕事辞めたい大人の世界で僕はやっていけないニートになりたい株の配当金とかで暮らしたい等とわりと真剣に考えてはみたけど、僕にとって仕事を辞めるということは、これまで息も絶え絶えに重ねてきた努力を自らの手で全部投げ捨てることと同義だと思ったので、そう簡単には辞めることもできずゾンビのように働いていた時期、近所の本屋でたまたま目に留まったのが『嫌われる勇気』というアドラー心理学の本だった。まさに、今までの僕に決定的に足りなかったのは「嫌われる勇気」だったのではないか?と思って、すぐにその本を買って読んだ。面白かった。
でも、いくつか納得できないこともあった。
例えば、
「人間は“ついカッと”なって怒るのではなく、“大声を出して相手を支配しようとする”というような目的のために、怒りという感情を捏造しているのだ」
みたいなことが書いてあって、さすがに、そんな複雑な目的から怒りのような単純な感情が作られるなんてあり得ないんじゃないか?と疑問に思ったので、脳のなかで感情がどのように産み出されるのかをネットで調べたみたら、わりとすぐ、アドラーの主張には科学的根拠がないということがわかったんだけど、それはさておき、脳みその仕組みについて調べること自体がだんだん楽しくなってきて、他にもいろいろ調べてみることにした。

まず、脳神経科学者 ダマシオの話が面白かった("エリオット"という患者の話、ソマティック・マーカー仮説など)。
ダマシオの説は、大雑把に言えば、
「世間では、"感情が理性的な判断を邪魔している"みたいなことが言われがちだけど、実は、感情の働きがあるからこそ、理性的な判断を下すことができるのである」
みたいな感じだったんだけど、僕はそれまで、感情と理性は二律背反だと単純に考えてたから結構びっくりした。
ダマシオよりもっと衝撃的だったのは、リベットの自由意志の実験だった。
「手を動かそうと自分が意志する0.5秒くらい前に、その行為の準備電位が脳に生じている」という結果をわざわざ実験で示されなくたって、意志が物理法則を無視して突発的に出現するわけじゃあるまいし、脳内のニューロンの働きの結果として意志が発現するのは当然の事実だよね……と思うようになったのはこの実験を知った後のことで、それ以前は、その当然の事実について真剣に考えたことが一度もなかった。僕は、自分のまぬけさに愕然とした。あれだけ神や仏や霊魂のようなオカルトを否定していた僕が、自由意志というオカルトを盲信していたなんてめちゃくちゃ格好悪いじゃん、と思って反省した。
あと、ラマチャンドランの『脳のなかの幽霊』が抜群に面白かった(分離脳、幻肢痛、カプグラ症候群などなど)。自分が素朴に信じていたことが次から次へと根底から覆されて震えた。
それから、「意識のハードプロブレム」という哲学の問題を何とかして解けないだろうかと思うようになった。この難問はいまだ解決されておらず、現在も哲学者によって議論されているらしいけど、もしこの難問を僕が解いたらすごくない?!みたいな能天気なことを考えた。

ところで、中学生の頃、他人にも意識は存在するのだろうか?と疑問に思ったことがあった。
「自分以外の他人にも意識が本当にあるのだろうか? 自分以外の他人は全員、笑ったり泣いたり怒ったりする素振りを見せてはいるけれども、実は何も感じない肉の塊なんじゃないか?」
まぁ中学生にはありがちなことなのかもしれないけど、僕は真剣だった。
その疑問の解消に至るまで、次のような思考の過程を辿った。
「もし、自分以外全員ロボット説が正しいと仮定する。すると、世界でたったひとり、僕だけに主観的な意識がある、ということになるけど、もし本当にそうだとしたら、なぜ僕なのか。世界にひとつだけ特別に存在しているこの僕が、なぜこんなに恥の多い生涯を送らなければならなかったのか。なぜバラ色の人生じゃないのか。せめて普通の人間に生まれたかった。どう考えてもおかしい。僕がそんなに特別な人間であるはずがない。やっぱり、僕にだけ主観的な意識があるのではなく、他人にも僕と同じような意識があると考えなければ、辻褄があわない」
という意味不明な理屈で自分を納得させた記憶がある。
この謎の理屈は、「僕にだけは絶対確実に主観的な意識がある」というのが大前提になっていたように思われるけど、もちろん、この前提には何の根拠もないし、逆に、主観的な意識がいい加減で不確かであることを示す証拠の方はたくさんあると思う(分離脳患者の実験とか)。

もし主観的な意識とかクオリアが存在しないとしたら、意識のハードプロブレムは解消されるだろう。だから、意識が存在しないことを証明するのは大事なことだ、みたいなことを考えながら、ある日なんとなく梅田の紀伊國屋をうろうろしてたとき、一冊の本のタイトルが目に飛び込んできた。ずばり、『なぜ意識は実在しないのか 』。これだ! と思って、それがきっかけで永井均という哲学者の書いた本を何冊か読むようになって、でもそれだけでは満足できなくて、他にもいろいろ手を出すようになって、気づいたら哲学にハマっていた。哲学は素晴らしいと思った。僕はそれまで、まともに生きていくなら無意味に哲学的なことを考えてはいけないと思ってたけど、哲学者という人種は、あえてそういう無意味な問題を徹底的に考えて、それによって歴史に名を残している。そんな裏技があったなんて!と思った。
とりあえず、僕は哲学についてほとんど無知だったので、専門的なことを深く掘り下げる前に、まずは広く浅く調べてみることにした(例えば、デモクリトスの原子論やヘラクレイトスの万物流転はなかなかいい線いってるなぁとか、ソクラテスの死に方は格好いいとか、プラトンよりアリストテレスの方がなんとなく理系っぽくて好きとか、スピノザは東洋哲学っぽくて好きとか、デカルトの神の存在証明はめちゃくちゃだなとか、因果律に必然性がないなんてヒュームさんそれを言っちゃお仕舞いでしょとか、ルソーは子供を孤児院送りにしすぎだろとか、カントの純粋理性批判はすごいと思うけどたぶん一生読まないだろうなとか、ハイデガーの僕と同じように死ぬの怖かったのかなとか、ニーチェってこんなに悲惨な人生だったのかとか、サルトルはなんかお洒落な気がするとか、ウィトゲンシュタインは目がイってて好きとか、ブッダの縁起は意外といい線いってるかもとか、孔子より老荘思想の方が好きだなとか、親鸞の他力本願って昔はなんだこりゃって思ってたけどもしかして親鸞は自由意志がないことを悟って悩んでたのかもとか)。
で、ざっと調べた末に、誰を深く掘り下げたかというと、実はいまだにほぼ誰も詳しく調べてないような気もする(強いて言うならウィトゲンシュタインかも)。
ところで、自称無神論者だった僕は、西洋哲学の入門書を読んでいて、「意外と神を信じている人多いな」と思わずにはいられなかった。次第に、「逆に、皆なんでそんなに神を信じてるんだろう?」と興味が湧いてきて、というかキリスト教を理解しないと西洋哲学を理解できない気がしてきて、キリスト教についてもネットでいろいろ調べてみたら、調べるのが楽しくなってきてしまって、ユダヤ教からキリスト教がどんな風に生まれたのか、科学や哲学に宗教がどのように関わってきたのか、一方その頃仏教はどんな風に生まれて伝わっていったのか、中国や日本にどんな哲学があって西洋哲学とはどの辺が違ってどの辺が似てるのか、ところで哲学はさておき最新の科学では世界をどのように捉えているのか、人間は進化の過程でどのように意識を獲得してきたのか、なぜ宇宙は存在するのか、相対論や量子論の不思議等々、とにかく知りたいことが芋づる式に増えていった。テストで良い点数をとるのが楽しいと思ったことはあったけど、勉強すること自体が楽しいと思ったのはほとんど生まれて初めてだったような気がした。なぜ学生の頃にこういうテンションで勉強することができなかったのかと思った。

物理主義一元論でゴリ押ししても、意識の謎を解くには何かが決定的に足りないと思えるのは、おそらく、「自己言及」と深い関係があるんじゃないかと思っていた。
そこで今度は、自己言及のパラドックスと関連がありそうなゲーデル不完全性定理も猛烈に気になり始めて、とりあえず『ゲーデルエッシャー、バッハ』を読むことにした。結局、不完全性定理は僕には難しすぎてよくわからなかったけど、読んでいてすごく楽しかった。こんなにユーモアとセンスに満ち溢れた本が他にあるだろうかと思った(ちなみに著者のホフスタッターは、意識のハードプロブレムを提唱したチャーマーズの先生だったらしい)。

僕はなんとなく、「自己言及」という言葉の響きが好きだった。
僕は昔から、家族や友達も含め他人とまともに会話したことが一度もなかった気がするけど、そのかわり、自分vs自分でいつも真剣に議論して少しずつ自分の思想を発展させてきたという謎の自信があった。僕ほど自己言及に自己言及を重ねてレベルアップしてきた人間はそうはいないだろう、となぜか思い込んでいた。
でも、ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』§3.333の、「関数は自分自身の引数になれない」の部分を何度目かに読んでいるときに、「あ! ここ、ややこしい式をいろいろ使ってるけど、要は、厳密に自己言及をすることはそもそも無理ってことを言ってるのか! 確かに! ウィトゲンシュタインすげえ!」と思った。
自己言及が不可能であるなら、自己言及のパラドックスは起こらない。その代わり、唯一不変の自分というものを完全に否定することになる。毎秒毎瞬自分が死んで生まれてを繰り返していると考えることもできる。
「僕らはみんな生きている」ということ自体がオカルトな信仰だったのかもしれないという気がしてきた。「未だ生を知らず、焉くんぞ死を知らん 」の意味もなんとなくわかった気がした。

それから、『哲学探究』での、指差しによる直示的定義の難しさや、規則のパラドックスの深刻さについて考えた。
確かに、よくよく考えてみれば、

  • 「→」がなぜ「右」を意味するのか
  • 「68+57」の答えは、なぜ「5」ではなく「125」になるのか

ってことに根拠は全くない。
でも、根拠はないけど、とにかくこのパラドックスを乗り越えなければ何もかもめちゃくちゃになってしまう。
たとえば、

  • 「その醤油とって」と言ってもどの醤油なのかわからないし、それ以前に醤油がなんなのかを説明できなくなる。こういう直示的な指差しが使えなかったら、意志疎通が無理になる。
  • みんなで議論して決めた規則をどんな風にでも勝手に解釈してめちゃくちゃに運用できる。
  • 言葉の使い方の規則に、どんな行為でも当てはめることができるので、もはや言葉自体が使い物にならなくなってしまう。意志疎通どころか、思考そのものが無意味になる。

でも、ウィトゲンシュタインは、「規則のパラドックスは誤解である」とはっきり書いている。でも僕には、なぜ規則のパラドックスが誤解になるのか、その説明と思われる箇所を読んでも、しばらくの間はピンとこなかったんだけど、あるとき、
「世界はあるがままに存在していて、物事は起こるように起こるだけだから、人間が自分の意志によって規則に従ったり従わなかったりという選択を意図的に行うことが根本的に不可能ってことなのかも…」
と考えるようになった。
まず理不尽な世界があって、後付けで、僕の意識や感覚がまるで金魚の糞みたいにくっついているだけ。だから、人間の意識や感覚は、人間がコントロールできるものではないし、努力するために努力することや、意志を意志することは不可能だと思った。
「人間は、人間の意識や感覚に浮き上がってくる以前の何らかの規則、あるいは混沌とした世界そのものに、根っこから縛られている」ということは、侵しがたく決定的な事実だと思われる。だから、人間の自由を固く信じて疑わない無神論者よりも、単純に神を信じて帰依している人の方が、身の程を知っているんじゃないか。……みたいなことを考え始めた僕は、なんとなく哲学に飽きてきて、今度は小説をよく読むようになった。昔よりも守備範囲はかなり広くなって、不合理なもの・理不尽なもの・バッドエンドなものでも全然受け入れられるようになった、というかむしろそっちの方が心に響くようになってしまった。

ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』は、高校生の頃、ちょっと背伸びして難しい本を読もうと思って、たまたま実家にあったやつを読んだら、何が面白いのかさっぱりわからなくて上巻で断念した記憶があるんだけど、大人になって哲学をかじった後に読んだら、めちゃくちゃ面白く感じた。ドストエフスキーの懐の深さに圧倒された。ひとりの人間の頭のなかに、こんなにも矛盾した意思がめちゃくちゃに混在していることに震えた。あと、この長~い小説をウィトゲンシュタインはなんと50回も読んだという逸話があるけど、読んでいてウィトゲンシュタインっぽいと感じる箇所が結構あって、「ここらへん、ウィトゲンシュタインはどんな気持ちで読んでたんだろう…」みたいなことを妄想しながら読むのがすき。

なぜか、子供の頃にあんなに強烈だった「死の恐怖」を思い出せなくなってしまった。
たぶん、死ぬのが怖かったのは、自分の存在が消滅することを恐れていたからだと思うけど、よくよく考えてみれば、もともと僕が失うものは何もない。僕は何も持っていない。裸で生まれ裸で死ぬ。というか、裸の体すら、自分のものでない。心も自分のものでない。というか、心がない。自分がない。失うべき自分がない。何も失いようがない。
……という理屈は、今、後付けで足してみただけで、本当のところは、何で死ぬのが怖くなくなったのか、自分でもよく分からない。単に子供の頃よりも体が強くなって死から遠くなったから死の恐怖を感じないとか、案外そういうつまらない理由なのかもしれない。(こんなふうに理由を後付けでどんどん付け足していくのはよくない癖だと思う)
というか、そもそも、幼い頃感じていた「死の恐怖」というのも、後付けの理由だったような気がする(後付けでない理由は存在しないのかもしれないけど)。たぶん、6歳くらいの頃、ちょうど自我が芽生え始めた頃、たまたま何らかの恐怖の感情が巻きおこって、その感情に、後付けで「死の恐怖」という理由が左脳の働きによってくっつけられただけなんじゃないのか、という気もする。


上記に書いたような、哲学的あるいは宗教的なことを、僕は100%信じているわけではない。
自由意志はないとか、意識は存在しないとか、因果律は幻想とか、哲学は無意味とか、語り得ぬものについては沈黙しなければならないとか、世界はあるがままにあるとか、何もかもどうしようもないとか、人間は自力で救われることはないとか、……そんな無意味なことをあえて言う必要ある?!という意思も、僕のなかに半分くらいは残っているような気もする。

林くん思想史

完全な無神論者は完全な信仰に達する階段の最上段のひとつ下の段に立っているのです。 (ドストエフスキー『悪霊』)

「死ぬのが怖い」と初めて感じたのは6歳くらいの頃、姉に聞いた話がきっかけだったような記憶がある。

四人家族のなかで姉は一番おしゃべりで、いろいろな話を聞かされていた。当時、ちびっこ達の間では「学校の怪談」のような怖い噂話が全国的に流行してて、姉もわりとそういうのが好きなタイプだったので、怖い話はよく聞かされた。基本的に僕も怖い話は好きだったけど、「メリーさんの小指」という話だけはトラウマだった気がする(夢のなかに小指のない女が出てきて小指を無理矢理探させられ、見つかるまで夢から永遠に目覚められないって話だった気がする)。僕は幽霊に対して恐怖を抱いていたものの、自分が幽霊になって空を飛んだり人を怖がらせたりするのはなかなか楽しそうだとかのんきに考えていた。


当時の僕の死生観は、
「死んだ後、人間はどうなるかというと、現世に未練のある奴は幽霊になり、特に未練のない奴は天国や極楽浄土に行き、罪深い奴は地獄に落ちたりナメクジに生まれ変わったりする」
といった程度のものだったけど、ある日、この死生観に決定的な亀裂が走った。そのとき、姉と二人で風呂に入っていたような記憶がある。

姉は、
「死んだ後、天国や地獄に行かず、幽霊にもならず、生まれ変わることもなく、消えてなくなる魂もあるらしいよ」
みたいな内容の話をした。

僕は衝撃を受けた。
このことを言われるまで、僕は、死んだ後、自分の魂が消滅するかもしれないなんて夢にも思わなかった。そのときまで、霊魂の不滅を疑ったことは一度もなかった。
霊魂が消えてなくなること、つまり自分の存在が消えてなくなることは、他の恐怖とは全く次元の違う、とてつもなくヤバイことだと僕は直感的に理解した。僕が消えてなくなれば、ファミコンで遊ぶことができなくなるのはもちろん、恐怖や苦痛を感じることもできなくなり、死ぬのが怖いとさえ思うことができなくなる。そして、僕が跡形もなく消え去ったあと、百年もすれば僕を知っている人間も全員死んで、僕という存在は世界から完全に忘れ去られ、はじめから僕なんかいなかったかのように、何食わぬ顔で世界は存在し続けていく……
自分が跡形もなく消滅する恐怖に比べたら、それ以外のすべての恐怖・苦しみ・痛み・悲しみは些末なものだと僕には思われた。この恐怖は、その後の人生も含めて僕が経験したなかで最も強烈な感情だった。
僕はあまりの恐怖に、誰かに泣きついて甘えたくなった。でも、そうはしなかった。
「なぜ、父も母も姉も友達も先生も、何食わぬ顔で普通に生活を続けていけるのだろう? 皆、死ぬこと・魂が消えてなくなることが怖くないんだろうか? この強烈な恐怖を感じているのは自分だけなのだろうか? 誰かに泣きついたところで誰にも理解されないのではないか?」
という疑問が湧き起こってきて、なんとなく死の恐怖について誰かに泣きついたり相談したりすることが憚られ、結局、全てを一人で飲み込むことにした。
しかしこの疑問は、すぐに解消されることになった。
その後も、僕はたぶん月に1回くらいは死の恐怖に定期的に襲われて人知れず凍りついていた。
でも決して、日常生活に支障がでることはなかった。というのも、死の恐怖に襲われて激烈な感情の波がくるのは数分くらいのもので、寝る前の布団の中とかが多かったし、それに、まだ自分は子供だし大きな病気にかかる気配もないからよっぽど運が悪くない限り死ぬのは数十年先のことだし、まだ慌てるような時間じゃない、などと余裕をぶっこいていた。それでも月に1回くらいは、どうしても強烈な恐怖に襲われ、一人で縮こまっていた。
あるとき、ふと、「あ、ここ最近、自分が死ぬことを完全に忘れたまま生活してたわ!」と気づいた。あの強烈な恐怖を忘れるなんて、自分の能天気さにあきれると同時に、「あっ、そうか、僕以外の人もきっと、人前で見せていないだけで、僕と同じような恐怖を一人で抱え込んでいるんだ、そうに違いない、自分だけが特別に死の恐怖を感じているのではない、自分は普通の人間なんだ!」と思った。疑問は自己解決された。

(でも今思うと、こんなに死の恐怖を感じるのは、普通ではなかったような気もしている。大人になってから「タナトフォビア(死恐怖症)」という言葉を知ったんだけど、もし誰しもが高所恐怖症なら「高所恐怖症」という言葉は存在しないわけで、わざわざそういう言葉が存在しているということは、誰しもがタナトフォビアなわけではないってことじゃねーか! と気づいて一人で拍子抜けしたのが今からほんの数年前の話)

それからも、僕は死ぬことを恐れ続けた。
「ひょっとしたら死後の世界は存在しているかもしれない」という淡い期待がないわけではなかったけど、自分の存在が消えてなくなる可能性がある以上、絶対に死ぬわけにはいかないと思った。生きている限りいつか必ず死は訪れるけど、とにかく死をできる限り遅らせたいと思った。
なんとなく、自分の心臓の音を聞くのが嫌いになった。「この心臓が止まった瞬間自分は死ぬ」と考えたら、次の鼓動がちゃんと鳴るかどうか不安になったりするし、心臓が鳴る度に、自分の寿命が少しずつ縮んでいっていると実感するのが嫌で、できるだけ心臓の音を意識しないよう心がけようとしたけど意識しないよう心がけるってことは結局は意識することと同じだったかもしれない。あと、自分の身長が伸びることや誕生日を迎えることは、一歩一歩死に近づくことと同じだと思った。大人になりたくなかった。自分が大人になるなんて考えたくなかった。
ところで、死の恐怖を覚えた後、急に虫が嫌いになった。それまでは普通にダンゴムシとかバッタとかカマキリとかを触ったり、特に理由もないのにアリを踏んづけたりアリの巣穴を埋めたりアリを水溜まりに放り込んで溺れさせたりしてたけど、ある日、ダンゴムシの足がうじゃうじゃ動くのを何気なくじっと見つめてたら気持ち悪くなって、それ以来、僕は急激に虫に触れなくなっていった。虫に触ることで、その柔らかい体を潰して死なせることを何より恐れた。死体を見たくなかった。
それから、「どうか僕の魂が不滅でありますように!」と心から願った。幽霊、神様、仏様、閻魔様、天使、悪魔、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者、何でもいいから僕の目の前に現れて、オカルト的なものが確かに存在することを証明してほしいと心から願った。

 

「死後の世界は存在しない」と確信するようになったのがいつだったか、はっきり思い出せないけど、たぶん11歳くらいの頃だったように思う。
「僕と同じように、死んで自分が消滅することが怖くて怖くて堪らなかった昔の人達が、霊魂が不滅だったらいいのになぁ、という願望を満たすために、"宗教"という都合の良い嘘を捏造した、と考えるのが一番辻褄が合うのではないか」
みたいなことを何かの拍子で考えるようになった。考えれば考えるほど、この仮説の正しさを信じるようになり、ほどなく、確信に至った。
中学生くらいの頃になると、死後の世界が存在してほしいとそれまで強く願ってきた反動か、「今度は逆に神や霊魂といったオカルトを徹底的に否定してやれ!」みたいな気持ちが強くなっていった。
例えば、こんなことを考えたりした。

①「霊魂が存在しないことをどうやって証明できるか?」

②「神によって運命が決められていないことをどうやって証明するか?」

  • ①についての考察:「もし、人間が死んだら幽霊になる、というのが正しいとする。大人が死んだら幽霊になる。子供が死んだら幽霊になる。赤ちゃんが死んだら幽霊になる。では、胎児が死んだら幽霊になるのだろうか? 受精卵が死んだら? 卵子精子が死んだら? 卵子精子を形作るタンパク質が死んだら? まさか、タンパク質の幽霊は存在しないだろう。ってかタンパク質が死ぬってなんやねん。でも、(タンパク質)ー(赤ちゃん)ー(大人) は連続した1本の直線上にあるようなもので、決して明確な区切りをつけることはできない。だから、大人の幽霊が存在するとしたらタンパク質の幽霊が存在することにるし、タンパク質の幽霊が存在しないことにしたら大人の幽霊も存在しないことになる。いくらなんでも、タンパク質の幽霊は存在しないでしょ。だから赤ちゃんの幽霊も大人の幽霊も存在しない。証明終わり!」みたいな意味不明なことを授業中に考えたりしていた。
  • ②についての考察:神や運命を自分の意志だけによって否定したかった僕は、部屋で一人、神を否定する踊りを編み出した。「こんなにめちゃくちゃな踊りを、神があらかじめ運命で決定できるはずがない!(シュッ…)どうだ!この無意味かつ無秩序な動きにはさすがの神もついてこられまい…(シュッシュッ…!)僕の意志は神や運命に縛られないのだ!(シュッシュッ…!)」みたいなことをわりと本気でやっていたけどこれ僕だけじゃないよねたぶん。もちろんこんなことをしたって神や運命を否定したことにはならない

中学生になっても、死の恐怖は相変わらず強烈なままだった。でも、死の恐怖を感じているとき、「自分は今生きている」という強い実感が得られることにも気がつき、時々、自ら進んで死の恐怖を思い出そうとしたりもした。
僕が死の恐怖を思い出そうとするとき、決まって、宇宙の果てに思いを馳せた。自分の存在が、どれだけちっぽけなものかを考えた。宇宙の広さから比べたら、太陽ですらほとんど無に等しいくらい小さな存在なのに、太陽よりめちゃくちゃ小さい地球の片隅の小さな国のなかの小さな町に住んでいるごく平凡な家庭の子供の僕。宇宙の歴史の長さと比べたらほんの一瞬しか生きられない僕。もともと無に等しい存在の僕が死んで本当に無に帰したら、僕なんてはじめから存在しなかったみたいに、僕の生きた痕跡は何も残らず、宇宙はそのまま続いていくだろう……
みたいなことを考えると、肺に液体窒素を流し込まれて内側から凍りつくみたいな恐怖が湧き起こってくるのだった。


高校に入ったくらいから、死の恐怖を感じる頻度は減り始めたように思う。中学よりも高校の方が、苦しみを感じる機会が比較的少なかったから、斜に構えて哲学的なことを考える頻度も自然と減ったのかもしれない。この頃は、人生は死ぬまでの暇潰しだ、人生は楽しんだもん勝ち、みたいなことをよく考えてたような気がする。どうせ死んで無になるのは変わりないんだから、そこに至るまでの過程を楽しむしかないと思った。哲学的なことを考えるのは無駄だから止めようとも思った。勉強しなくちゃいかんと思った。とっくの昔に神は死んでるんだから、自分の意志によって、自分の努力によって、未来をきりひらかなくちゃいかんと思った。でも心のどこかに、どうせ死ぬのになぜ努力しなきゃいけないのかところでなぜ古文漢文を勉強するのか絶対使う機会ないだろという気持ちもなくはなかった。
希望と絶望は同じコインの裏表ではないか、みたいなことを考えるのが好きだったような気がする。「あぁなんてかわいそうな僕」と感傷に浸っているときは必ず「かわいそうな僕を遥か高みから見下している傲慢な僕」もまるで同じコインの裏表のように存在しているよね、みたいなことを考えて感傷に浸っていた気がする。


大学に入って実家を出たあたりから、死の恐怖を味わったという記憶がほぼない。形而上的な恐怖を味わう余裕がなくなったのかもしれない。
ここにきて、僕は初めて、死に対する対策を考えた。社会人になったらとりあえず結婚して子供を作ろう、自分が長く生きるのには限界があるけど、もし僕が子孫を残してうまいこといけば生き残っていくかもしれないし、とりあえずまともな仕事について結婚して子供を作ってきっちり子育てしたら、一応僕の生きた痕跡が残るとは言えないだろうか、とか考えた。わずかな望みであっても、とりあえず実行に移しても損はないと考えた(いつか人類滅亡したら意味ないやん…とも考えたけどさすがにそのときは知らんと思った。ところで、中島敦は個人的な死の恐怖より先に人類滅亡の恐怖に襲われてたらしいけどやっぱりスケールでかいなと思った)

 

(次回、「思想史つづき ~おまえはもう信仰している~」につづく)

引越屋のおっさん

思い出つまったこの部屋を 僕も出てゆこう

ドアに鍵をおろした時 なぜか涙がこぼれた

君が育てたサボテンは 小さな花をつくった

春はもうすぐそこまで 恋は今終った

(チューリップ『サボテンの花』)

僕はまるで逃げるように、I市駅前のワンルームマンションに引っ越した。

引越の日、2月末の繁忙期ということで、引越屋は約束の午後6時から2時間くらい遅れていた。段ボールが山積みになった木造アパートの寒い部屋で引越屋を待ちながら、僕は過ぎ去った学生生活を振り返ったりして、猛烈なわびしさを感じた。

引越屋は、午後8時くらいに何食わぬ顔でやってきた。中年のおっさんと若い兄ちゃんの二人組だった。2時間も遅れたんだから、ちょっとくらいサービスとかないんかなぁ、という気持ちも少しあったけど、僕はそういう交渉を何よりも面倒臭がるタチだし、ガタイのいい二人組になんとなく気後れしたのもあって、何も言わず、たぶんひきつった笑顔で代金をおっさんに渡した。僕がこの引越屋を利用することは今後一切ないだろうと思った。

おっさん達は、トラックに荷物を積み終わると、「トラックに乗って一緒に行きませんか?」と言ってきた。正直、見知らぬ人と一緒にトラックに乗るのは気まずいのではないかと思ったけど、電車で行くのも面倒くさかったので、僕もトラックに乗せてもらうことにした。

トラックが走り始めると、いきなり、おっさんはエロトークを繰り出してきた。面喰らった。正直僕はそういう話を人とするのがあまり好きではなかった。少なくとも、初対面の相手とする話ではないと思った。おっさんは、初対面の相手に臆したことが今まで一度もないのかもしれない。謎のうらやましさを感じた。

風俗店の引越をした時の話や、好きなAV女優の話など、おっさんは好き勝手にしゃべりまくり、若い兄ちゃんもエロトークに乗っかってくる感じで、僕は居心地がとても悪く、かといって狭いトラックの中に逃げ場があるはずもなく、とにかく適当にあいづちを打って、ひたすら時が早く過ぎ去るのを祈るばかりだった。

ついに、ダイレクトに僕に向かって質問が飛んできた。

「今日の仕事が終わったら、AV借りて見ようと思ってるんやけど、お客さんオススメのAV女優教えて!」

場の空気を白けさせる訳にはいかない。答えるしかなかった。でもまぁ別に隠すことでもなかったし、彼らには二度と会うこともないだろうし、僕は恥ずかしかったけど、勇気を出して、正直に、いつもお世話になっているAV女優を教えた。「永遠の処女」なる異名を持つ彼女は、わりと有名な女優だと思ってたんだけど、事もあろうに、おっさんも兄ちゃんも彼女を知らなかったらしく、なんか悲しかった。

すると、若い兄ちゃんの方が、スマホで彼女の画像を検索し始めて、

「かわいいですねぇ!お客さん、なかなか良い趣味してますねぇ!」

と言ったのは、兄ちゃんのお世辞だったのかもしれないけど、なぜか不思議とホッとした。まるで、自分の彼女を友達に紹介して褒められたときのような気分だった。調子に乗った僕は、「彼女の処女膜、セックスする度に再生してるらしいんですよ…!」みたいな意味不明なことまでしゃべってしまった。

トラックは1時間くらい走って、いつの間にかI市に着いていた。

おっさん達は、荷物をマンション4階の狭いワンルームに手際良く押し込んで、あっさり帰っていった。もう午後10時になっていた。

とにかくお腹が減った僕は、徒歩5分の距離にある駅前の餃子屋の、コストパフォーマンスが一番高いと思われる500円のニラレバ定食を食べて(レバーの栄養価は高いと家庭科の授業で聞いたことがあった)、それから部屋に帰って、段ボールを部屋の隅に押しのけて布団を敷いて寝っ転がって、『あのおっさんは、仕事から帰って、AVを借りて、ちょうど今頃、妻や娘の目を盗んでひっそりと、永遠の処女を拝んでいるのだろうか…』とか考えているうちにいつの間にか眠ってしまった。見送る人も出迎える人もなかったわりに、ほとんどわびしさを感じることなく眠ることができたのは、おっさんのおかげだったのかもしれない。でも僕がこの引越屋を利用することは今後一切ないだろうと思った。

メモ

人生は芝居のごとし、

上手な役者が乞食になることもあれば、

大根役者が殿様になることもある。

とかく、あまり人生を重く見ず、

捨て身になって何事も一心になすべし。

福沢諭吉

 

努力に即効性はない。コツコツやるしかない。いつの時代にもいる一流選手と自分は何が違うのか。それを考えながらやるしかない。

野村克也

 

真の英雄とは、人生の不幸を乗り越えていく者のことである

この世において成功したければ、他人よりそんなに賢い必要はない。ただ大抵の人より一日早ければ良い。

戦闘の翌日に備えて、新鮮な部隊を取っておく将軍は、ほとんど常に敗れる

生きている兵士の方が、死んだ皇帝よりも価値がある。

ナポレオン・ボナパルト

 

未来を予測しようとすることは、夜中にライトをつけず、リアウィンドウを見ながら、田舎道を運転するようなものだ

変化はコントロールできない。できることは、その先頭にたつことだけである。

人間は「自分でなければできない」と錯覚していることが多すぎる。

チャンスは一念専心によって、かろうじて得ることが出来る。

驕るな。企業は社会に存在させていただいているものだ。

これからは、誰もが自らをマネジメントしなければならない。自らを最も貢献できる場所に置き、成長していかなければならない。

ドラッカー

 

幸福は幸福の中にあるのではなく、それを手に入れる過程の中だけにある。

ドストエフスキー